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Your search : [ author:整理·蕭甘牛 え·虹霖] Total 20 Search Results,Processed in 0.088 second(s)
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1. 九十九の泉
広西(クワンシー)チワン(僮)族自治区の宜山(イーシヤン)縣第六区拉利(ラーリー)鄕にトウリン(都霊)山という山がある。山にはふもとから頂まで九十九の泉があるが、頂にある泉は年中水のたえたことがなく、あたりは乳色の霧に包まれている。そしてそれにはおもしろい傳說がつたわつている。むかし、この山のふもとに、プーツオという若い樵(きこり)が住んでいた。ある日山へ柴刈りに出かけたプーツオは、とあるザクロの
Author: 整理·蕭甘牛 え·虹霖 Year 1959 Issue 5 PDF HTML
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2. 花辺姐姐(ホワピエンチエチエ)
むかし、ミヤオ(苗)族の村にきれいな娘がおりました。花辺(ホワピエン)を織るのが上手で、その娘が織り出した花や草や鳥や獣は、まるで本当に生きているように見えました。花辺というのは着物の袖や襟などをかざる縁かざりです。村の人たちはその娘のことを「花辺姐姐(ホワピエンチエチエ)」と呼んでおりました。村の人たちは花辺姐姐のつくつた花辺を一つでも手に入れて、それで襟や袖口をかざることができると、もう大喜び
Author: 整理 蕭甘牛 え 李玉紅 Year 1960 Issue 9 PDF HTML
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3. かみながつ子の話
せいたか山の中腹に長い瀧がかかつている。ちようどそれは、高い崖のうえに女が寢ころんで、まつ白な長い髮の毛をたらしているようにみえる。それで、この地方の人たちはその瀧を白髮(しらが)の瀧とよんでいる。そしてこのあたりにはこんな言傳えがのこつている。むかしむかし、せいたか山の付近には、水がなかつた。だからこのあたりの人は、煮たきにつかう水も洗い水も畑にやる水も、空からふつてくる雨だけがたよりだつた。も
Author: 整理· 蕭甘牛 潘平元 え·李玉紅 Year 1959 Issue 9 PDF HTML
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4. 最初のともしび
むかし、むかしそのまたむかしのお話です。あるところに年寄の夫婦がいて、二人の娘、一人の息子といつしよにくらしていました。父親と息子は竹のカゴをあみ、母親と娘は機を織つてくらしをたてていました。一家そろつて働きもので、ひるとなく夜となくせつせと働きました。ともし油もないころなので、夜になるとたきぎをもやして明りにしました。けれどたきぎではどれほどの明りにもなりません。たまに火のいきおいでパツと明るく
Author: 整理·蕭甘牛(シヤオカンニユウ) え·龐壔(パンタオ) Year 1958 Issue 5 PDF HTML
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5. 七色の橋
むかしむかし、チベツトのアパ草原の近くに、小さな盆地がありました。まわりを高い山にかこまれたその盆地には川がありました。方々の谷間からながれ出た水があつまつて、ひとすじの淸らかな川となつて流れているのでした。川には橋がかかつていませんでした。その川のこちら側には、タルザレルという若者が住み、向う側にはタマツという娘が住んでいました。二人は、ちいさい時から、每日、羊を追つて川岸の草地にやつてきては顏
Author: 文·粛崇素 え·虹霖 Year 1958 Issue 8 PDF HTML
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6. 馬頭琴の話
蒙古の牧人たちの愛している楽器に、棹のはしに馬の頭のかざりのついた馬頭琴(マートウチン)という、胡弓を大きくしたような楽器があります。ところで、この馬頭琴は、チヤハール草原のスへとよばれる牧童がつくり出したものだといわれています。スへは小さい時から両親に死にわかれ、お婆さんの手ひとつでそだてられました。スへとお婆さんは二十匹あまりの羊を飼つて、それでくらしをたてていました。それで、每日羊の番をする
Author: 整理·塞野 え·虹霖 Year 1959 Issue 1 PDF HTML
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7. ムク犬王子
何千年かまえのむかしプーラーという国があつた。プーラーは大きな国で、たくさんの人が住んでいた。この国ではこくもつをつくらず、人びとは牛や羊の肉をたべ、その乳をのんでいた。ただ国王の宮殿にだけは果物の木が何本かあつて、国王や大臣たちだけはそのクダモノをたべることができた。国王の子のアーツーは、かしこくて、勇氣のある、善良な王子であつた。若い王子は山の神のリウダのところにこくもつというもののタネがあつ
Author: 整理·帕金 え·虹霖 Year 1959 Issue 4 PDF HTML
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8. 六人兄弟
むかしむかし、あるところに、かしこい働きものの娘がおつた。その娘の仕事のしぶりのすばやいことといつたらなかつた。朝起きて生麻の緖を蒸して、それを裂いて、糸によつて、ねり絹のようにやわらかな麻布に織つて、さてその麻布で飯びつをつつんで、野良へ持つていつても、畑に出た人たちの朝飯にちやんと間に合うほどであつた。娘の名は遠近に知れわたつておつたから、嫁にもらいたいという人がひきもきらずにやつて來て、娘の
Author: 整理·吉雲 え·虹霖 Year 1959 Issue 8 PDF HTML
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9. とんち男と高利貸
むかし、大金持の旦那がいた。大変なしみつたれで、命よりも金の方が大切だという男だけに、その男から金を借りると、目の玉がとびでるほど高い利子をとられた。おまけに利子が利子をうんで、またたくまに、田畑や家を賣りはらつても、娘を賣つても返しきれないほど、借金をしよいこまねばならなかつた。びんぼうな村人たちは、ほとんどこの高利貸からひどい目にあわされ、誰ひとりとしてその高利貸をうらまぬものはなかつた。なん
Author: 整理·華仁 え·虹霖 Year 1960 Issue 1 PDF HTML
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10. 白嘎拉(パイカラ)山の話
むかし、大興安嶺(ターシンアンリン)の白嘎(パイカラ)拉山(シヤン)のふもとはすばらしい狩場であつた。けれどもオロチヨンの狩人(かりうど)たちは「あそこへは行けん。あそこには瑪猊(マーニー)がいる」といつて誰も近づかなかつた。瑪猊というのは、オロチヨンの人たちのあいだに語りつたえられてきた人を食う猛獣である。けれどもまだ誰も瑪猊を見たものはなかつた。ここにある狩人の夫婦がいて、二人は瑪猊が出るとい
Author: 整理·古蘭 え·虹霖 Year 1960 Issue 4 PDF HTML